岩倉 具視(いわくらともみ)
500円札に印刷された明治の元勲 玄孫に加山雄三
1825(文政8年)
~1883(明治16年)
茅ヶ崎に別荘を構えた。
明治時代から避暑地として別荘の所有が経済界に流行し、市川團十郎ら芸能人や伊藤博文らの政治家が湘南エリアに別荘を所有したのには、この影響もあると考える。
玄孫(やしゃご)には加山雄三(歌手・俳優)、子孫に喜多嶋舞(元女優)らがいる。
岩倉具視の子孫である岩倉具憲は「パシフィックホテル茅ヶ崎」のオーナーであり、姉の岩倉具子(小桜葉子)は俳優の上原謙と結婚、茅ヶ崎に居を構え、息子・加山雄三を茅ヶ崎で育てている。
パシフィックホテルは上原謙、加山雄三の所有物となる。パシフィックホテル茅ヶ崎は、まさに湘南のシンボルとされサザンオールスターズやブレッド&バターの歌詞に登場するなど、大変有名なリゾートホテルであった。ボウリング場やビリヤード施設、飛び込み台を備えた大型プールなどを備え、芸能界や財界などの有名人が足しげく通うなど、当時の日本では先進的なホテルであり、その独特な形からも湘南のランドマークとして愛された。現在は壊されマンションとなっているが、その前の浜はTバーと称する自然石の堤防が築かれ、ボードウォークもでき、市民の海の集いの場となっている。古くからサーファー達もパーク下と呼び、美しい三角波を形成するサーフィンのナイスポイントとして愛されている。夏には様々なイベントも、このパークで行われ、まさに湘南の夏を感じられる場所である。
時代の変遷と合わせて子孫は小説家・映画監督・ミュージシャンといった文化人が育ち、今の湘南文化を作り上げていったようである。
今は無き、500円札の顔となった岩倉具視は王政復古の大号令案を奏上する等、幕末に大変大きな足跡を残したが、日本初のがん告知を受け、1883(明治16年)7月20日死去。日本初となる国葬にて送られた。